2016年6月12日日曜日

祝 次男誕生!③

ここスペインの事務系、窓口系は本当にいい加減なヤツが多い。

自分が知らないコトを棚にあげ、不必要な書類や手続きを要求してくるのである。

レジ系もそうである。列に客が延々と並んでいるのに横のヤツとベラベラ話ながらレジ打ちをするのである。

また外国人特有の肩をすぼませたり、両手を広げたりなど、話しながらのジェスチャー大きいため、

その度にレジ打ちが止まり、終いには並んでいる客まで一緒に駄弁り始める始末である。。。

そら、おまえら経済危機に陥るわ。。。



今日は「祝 次男誕生!③」だ。。大丈夫、忘れていない。

前回続きから、

以上のような過程を経て、やっと出生証明書が手に入るのである。





そして、もうひとつ、、


Libro de Familia、、、家族の冊子ってカンジかな?


以上2点でスペインでの戸籍登録は完了である。

ここである疑問が脳裏をよぎる。。。

ここスペインでは、日本人夫婦から生まれた児は「日本戸籍を保有する日本人」となるのであるが、

なぜ、スペインで戸籍登録が必要なのであろうか?? その理由はいまだ謎である。。

しかし日本で出生届を提出する際にはこの出生証明書を添付が必須となるため、取得しなければならない。。

さらに言えば、このスペインで生まれた児が将来、スペインで子どもを生めば、その子どもはスペイン国籍

を取得することができるらしい。まぁ、かなり確率は低いハナシではあるが、、、そのための記録かな。。?


この出生証明書がゲットできれば、次は日本の戸籍登録である。

通常は在バルセロナ日本領事館に出生証明書と出生届を提出すれば良いのだが、ここで事件が起こった。

しかし、この出生証明書、、、、家内の誕生日が間違えて記載されていたのである。。。


領事館にて、

KMT: 「出生届を出したいんですが、、」

領事館のおばさん: 「書類をチェックします。」

待つこと10分ほど、、、

領事館のおばさん: 「この出生証明書、間違ってるじゃないですか!」と言っていきなり怒り始めたのである。。

KMT: 「おい、ババァ。間違えたのはオレか?なんでオレがおまえに怒られんとあかんねん、コラ?」

と言いたいのをグッと堪えて、もう一度Registro Civilへ。。。

しかし、出生証明書は修正できない書類らしく、備考欄に修正箇所を記載してもらうことになりました。

かわいい担当ちゃんにもう一度会えたのはヨシとしても、、、腹の立つおばさんである。

そう、このおばさん、、、左に座ってる顔がクシャクシャの、あのおばさんです。

バルセロナ在住日本人7-8人聞くと、「あぁ、あのムカつくおばさんね。」とみんなが知ってる

名物ババァでございました。ぜひ、態度を改めてほしいものである。


ハナシを戻そう。出生届である。

日本領事館を通して行うと2ヵ月ほどかかるため、急ぎの方は自分の本籍のある市町村に問い合わせるとよい。

出生届は郵送ではできないため、代理人に行ってもらうか、スペイン語の出生証明書で大丈夫かなど、、、

小生は下記のような自作抄訳を添付して受理してもらうことができた。

日本での戸籍登録に必要な情報のみで大丈夫である


日本-スペイン間往復の郵送、戸籍登録に約3週間を要し、やっと児の名前が入った戸籍謄本を手に入れた。

これを申請書に添付し、日本領事館に提出することでやっと児のパスポートが手に入ったのである。





続いて、Empadronamient(住民登録?住民票?)の取得である。

小生たちは年始に引越しをしたため、まず住所変更をして、児の登録をする必要がありました。

バルセロナで住所変更、、、、どこですんねん。。??

こちらに来たときに居住カードを取得した警察署に行ってみたが、たらい回しにされること約半日、、、

やっとここに辿り着いた。


Oficines d'atenció ciutadana

いわゆる市役所である。

ちなみにカステリャーノ(スペイン語)では「Oficinas de atención al ciudadano」となる。

ここはサリア地区に近いところであるが、他にもたくさんあるので、自宅に近いところをこちらで探してほしい。

営業時間は月曜日から金曜日の8:30-14:00である。 

この時点でこの国のやる気のなさがひしひしと伝わってくる。


まず、住所変更から。必要なものは、、、

1、家族全員分のNIE

2、家族全員分のパスポート

3、新しい家の契約書

4、家賃を支払ったと証明できるもの

である。

なぜ、4が必要なのかがわからないが、適当なのであろう。

児の登録は、、、

1、児のパスポート

2、Libro de familia

である。

そして、住民票を受け取ることができた

ここまで全て揃えた後、いよいよNIE取得が始まる。。。



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2016年5月22日日曜日

祝 次男誕生!②

病は気から、、、をモットーとする自称オラオラ系内科医。。出産前夜から熱発!

どこぞのスポーツ紙にありそうな見出しである。

家内の帝王切開予定日の前日から熱発し、なんと9日間も発熱・激しい頭痛が続いたのである。

内科、感染症、呼吸器のトリプル指導医を保持する小生が自分で自分を診察してみた。

が、、、思い当たる病気がない。強いていえば、軽い髄膜炎か、、、?

ついに軽く意識障害?が出始めたため、大きな病院の救急外来を受診することにしてみた。

自分も医師であることを告げ、おかしいから調べるよう依頼したところ、担当医もそう思ったらしい。

すぐに採血、尿、胸部Xpなどの検査をし始めました

すると、途中で看護婦が点滴の留置針挿入を失敗しやがったのです。その直後になんと、、

看護婦:「あなたの血管が動いたので別のところに刺さりました」

などとほざきやがりました。

自分の技術の未熟さを棚にあげ、患者のせいにする医療従事者の常套手段である。

血管の枝分かれした股の部分から針を刺すと血管も動かず、一発で留置できるの知らないくせに、

言い訳だけはいっちょまえにほざく未熟者め、、、と指導してやろうかと思いましたが、もはやそんな元気もなく、

検査結果を待っている間、解熱鎮痛薬を大量に点滴されてしまった。

検査結果:ほぼ異常なし。(いわゆるWBC、CRPは大きく動いていない)

ますます、初期のウイルス性髄膜炎が疑わしくなってきたのであるが、担当医は帰そうとしてくるのである。

小生であれば、確実に髄液検査を実施していたであろうなと思いを馳せ、帰路についた。

担当医に大きく左右されるが、バルセロナの医療レベルを垣間見た出来事であった。



さて、愚痴はこのぐらいにしておいて、、、今日のテーマは「祝 次男誕生!②」である。


帝王切開当日、病院に向かった。今回は最寄りの病院「CLINICA CORACHAN」で産むことにした。


少し暗いがまあまあの病室である

主治医に聞いたところ、手術室の中まで入らせてもらえることになった。

手術が始まりほどなく、ついに産まれてきたのである。

エイリアンのようにでてきました

サルのようにしわくちゃであったが、やはり我が子はかわいいものである。

そして、病室に移動した。


さぁ、ここからが出生届の提出である。

まず病院側からこのような書類を手渡された。





いずれの用紙も名前、住所など一般的な事項を記載するのであるが、けっこうめんどくさい。

お国柄の違いか?やたらと結婚情報の記載がキビしいのである。

同僚に聞くと、スペインではバツ3、バツ4はザラにいるとのこと。。

未婚か、既婚か、何回目の結婚か、結婚してから何日目の子どもか、夫の身元、などなど、、

つまり、その子どもは誰の子であるかはっきりさせておけ、ということなのである。

医療通訳さんがほとんど記載してくれたため事なきを得た。ほんとにありがとうございました!

これらに加えて、「Informe Neonatal」という新生児の出生時状態を記した用紙を受け取る必要がある。

ここは国民皆保険の日本ではないため、我々外国人はその児にも医療保険をかける必要がある。

子どもは何かと病気が多いため、少々保険料は高くつくが、いいのに入っておいた方が無難だ。

医療保険の相談はこちらで。そのために必要なのが「Informe Neonatal」なのである。

各病院によって様式が違うため、「これがInforme Neonatalか?」と確認することをおススメしたい。


ハナシを戻そう。病院で受け取る必須書類は以上3点である。

また日本の医療保険や健康保険からは所定の用紙があると思うので、それらは各自で準備して頂きたい。


さて、ここからが大変なのである。

必要な書類を整えて、バルセロナ戸籍登録所(Registro Civil)に挑まなければならないのだが、

3-4時間は普通に待たされ、また1回の手続きですんなり終わることは皆無らしい。

なんと、担当官の気分次第で必要書類が変化するという恐ろしい施設なのである。。


数々の在バルセロナ日本人たちを葬り去ってきたRegistro Civil

ちなみに場所はここ


まず病院で受け取る2用紙には戸籍情報を詳細に記載するのであるが、それを証明する書類が必要なのである。

一般的には戸籍謄本が良いであろう。抄本ではなく謄本である。

日本の市町村で発行されるされる戸籍謄本は当然海外では効力がないので、

それらを外務省に送り、アポスティーユ認証を受けなければならない。詳細はこちら。。

その後、それらをスペイン語に翻訳して完成である。(翻訳は在バルセロナ日本領事館でも受け付けている)

通常、これらの手続きは1年前のVISA申請時に行っているハズであり、その時の書類が使えないものか。。。

1年前の書類が使えるかどうか、、、それは運次第である。

そう、ここはスペインなのである。しかも相手はRegistro Civil。

完璧な書類も担当によっていともたやすく打ち砕かれてしまう例が後を絶たない。

大殺界中である小生は1回で終わるように必勝の布陣で挑んだ。

① パスポート(家族全員分)

② NIE(家族全員分)

③ 上記、病院から受け取った3用紙。

④ 戸籍謄本(日本外務省アポスティーユ付き)

⑤ ④のスペイン語訳

⑥ ⑤の翻訳証明(VISA申請時のものを流用)

⑦ 職場・学校等の在籍証明書

⑧ スペインの住民票(家族全員分)

⑨ これらすべてのコピー


朝9時、開館と同時に攻め込んでやった。

入口でボディーチェックを受け、受付で新生児の登録にきた旨、告げると整理券と共に待合室2に案内された。

待つこと3分、、すぐに順番がきた。ドキドキしながら、担当官の席へ。。。


担当、、、、めっちゃかわいい。。。(*´∀`*)ウヒッ


しかし、ここで油断してはいけない。ここは悪名高きRegistro Civilである。

席に座るなり、矢継ぎ早に質問を浴びせかけてきたので、必死に迎撃したところ、5分程度で終了した。

KMT: 「もう終わり?」

小娘: 「はい。あちらで用紙を受取ってください。」

結局何も確認もされず、必要書類は①、②、③、⑤のみであった。

所要時間も10分程度であった。

小娘がかわいかったので、何か物足りない気もしたが、ヨシとしよう。


しかし、事件は起きるのである。。。


続く。





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2016年5月21日土曜日

祝 次男誕生!①

先日、無事に次男が誕生致しました。

異国の地での出産、、、しかも帝王切開。。初めてづくしで、わからないことだらけでございました。

今後、バルセロナで出産される方はたくさんおられると思います。

そんな方々の参考になればと思い、妊娠・出産・出産後の手続きについて詳細に記しておこう。


まず、妊娠。

日本で産むか、バルセロナで産むか、、、

日本で産む場合、言葉が通じるし、実家の援助も得られるし、あえて記載することはないであろう。

バルセロナで産むメリットとしては、、、、全くないように思う。(じゃあ、日本で産めって。。)

アメリカなどでは生地主義であるため、アメリカ国籍を取得することも可能であるが、

スペインは血統主義であるため、モロ日本男児になってしまうのだ。

夫婦ともに日本人の場合、バルセロナで産まれた子どもには日本国籍しか与えられないのである。

ただ出身地はスペイン・バルセロナとなり、何となくカッコイイ雰囲気が醸し出されるであろう。

ただそれだけである。

我が家では実家から義母が出産前後3か月にわたり、バルセロナにきてくれるとのことであったため、

スペインでの出産を決意した。

ここで注意すべきこととして、、、医療保険の確認である。

妊娠および妊娠にまつわる疾病に関しては通常の「駐在保険」や「旅行保険」では賄われないため、

現地での妊婦検診・出産をカバーした保険に加入する必要がある。こちらを参照。

しかし、保険費用も結構高額であるため、よく吟味してほしい。

妊娠中、経過順調であれば費用もかさまないが、何らかの合併症を併発すると費用はかなり悪性化する。

参考までに今回妊婦検診から通訳、出産(帝王切開)にかかった全ての費用として、約7000€であった。

通常出産であれば、もう少し安くなるのかもしれないが。。。

しかし帝王切開となれば病気扱いになるため、日本の健康保険の対象となり、医療費の請求ができるのである。

さらに日本で何らかの医療保険に加入していれば、そこからも医療費が請求できるため、

入院・出産に関する費用はカバーできるであろう。(妊婦検診は別かも、、?)

我が家ではスペインおよび日本いずれの医療保険も加入していなかったため、費用がかさんでしまった。

現在、帝王切開にまつわる費用を日本の健康保険に申請中であるが、スズメの涙ほどの還付であろう。。。涙


また、言語の問題。。。

「まぁ、英語ができたら大丈夫」という考えはこなごなに打ち砕かれてしまうであろう。。

スペイン人は日本人と同じくらい英語ができない民族なのである。

しかし医療通訳に関しては極めて信頼できる方がバルセロナにおられるため、相談すると良い。


そして、妊娠末期。。

新生児が百日咳にかかると致死的になる場合があるため、妊娠末期の母体にワクチンを接種し、

抗体を胎児に移行させなければならないのである。

百日咳単独のワクチンは存在しないため、破傷風・ジフテリアとの混合ワクチンを接種する必要がある。

この3種混合ワクチンといえば、、DPT」である。(今はポリオも追加されて4種であるが、、)

子どもに打つのが、「DPT」。(Diphtheria:ジフテリア、Pertusis:百日咳、Tetanus:破傷風、の頭文字)

成人に打つのは、「Tdap」といって抗原量を調整したワクチンである。

以前にも書いたが、ここスペインでは薬局でワクチンを購入しないといけないのである。


また先生曰く、「今、Tdapはバルセロナ全体で品切れになっていて、手に入らないかも。。」

そして、娘のお友達のママさんも来月出産を控えているのにまだ手に入れられてないとのことであった。

何とも恐ろしい国である。。

早速、薬局に攻め込み、工場から直に2本卸させることに成功し、事なきを得た。


続く。




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2016年4月30日土曜日

Bruselas Ámsterdam

最近のバルセロナは春めいてきておりますが、まだまだ寒い日が続いております。

毎朝バイクで通勤しているのですが、結構寒いんですね。気温は10度ぐらいでしょうか。

4月はまた雨も多かった。。。日本でいう梅雨なんでしょうかね。

同僚たちに聞くと、6月にはビーチに行けるよ、とのこと。。

うーん、、、バルセロナには春がないんでしょうね。


さて、今日は先日ブリュッセルとアムステルダムに行ってきたので報告しよう。

4/9-12まで欧州臨床微生物感染症学会(ECCMID)がアムステルダムで開催されました。

アムステルダムは2回目なので、単に行くだけでは面白くないため、ブリュッセル経由でいってみました。

2月に例のライアンエアーでバルセロナ発ブリュッセル行きのチケットを購入したのですが、、、

みなさまご存じのとおり3/22のテロのため、ブリュッセル空港が閉鎖されてしまったのです。

空港が閉鎖されているにも関わらず、ライアンエアーのHPではチケットのキャンセルができないんですね。。。

また、欠航にもなっていない様子。。HPをよく見てみると、、、、

ブリュッセルのはるか南70kmに位置するシャルルロア空港に振り替えているのでキャンセルできないとのこと。

なんと強引な手口であろうか。。。そんな遠いところに降ろされてもどうしようもないやんけ。

しかし、キャンセルできない以上、行くしかないのである。

シャルルロア空港のHPをみてみると、ブリュッセル市内までシャトルバスが出ているとのこと。

早速、15€でチケットを購入。出発当日、空港に行ってみると、、、、

「今日からブリュッセル空港にいきます」とのこと。。。おい、しばくぞ。

一瞬で15€がムダになり、ブリュッセル空港に到着。

ブリュッセル空港は兵隊だらけ

本物のマシンガンを持っていました。

でも自爆テロなんやから、そんなモンで撃ったらもっと爆発するのでは??、と思うのは小生だけでしょうか。。

せっかくなので、空港内を少し散策してみました。

通常のチェックインカウンターは爆破されたらしく、プレハブ小屋で手続きしておりました。


もはや難民の入国審査である

また市内への鉄道、シャトルバスはまだ営業を再開していないとのこと。


さて、市内へはどのように行けば良いのか??運よくスペイン語が話せるベルギー人と仲良くなり、

彼女も市内へ行くとのことなので、ローカルバスで一緒に連れていってもらうことにしました。

バス、電車と乗り換えること2回。。途中でEU本部の前も通りました。

これの前の駅でも爆破があったようです


いたるところに装甲車が止めてありました。

もはや観光どころではなかった。。

しかし、ブリュッセルに来たからには「小便小僧」を見なくてはと思い、足を運んでみたところ、、


なぜかドラキュラの恰好をしている。。

シンガポールのマーライオン、、、コペンハーゲンの人魚姫、、、そして、ブリュッセルの小便小僧。。

世界3大がっかり名所の名に恥じないクソガキであった。。


そして、アムステルダムへ。。


5年ぶりのアムステルダム

学会場へ到着!

さっそく、日本から参加している上司に挨拶へ。。


なんとホテルオークラがあるじゃないですか

肉うどん

8か月ぶりに食べた本物のうどん。。。教授、ごちそうさまでした。。泣

そして、ホテルにチェックイン。。会期中のホテルはやたらと高額になるため、安ホテルを予約したところ、、

さすが、二つ星ホテル。。6階なのにエレベーターがなく、やたらと急な階段のみであった。


もはやハシゴである


アムステルダムと言えば、運河。

うーん、、水は汚い


アムステルダムと言えば、風車

ザーンセスカンスの風車

アムステルダムと言えば、、、

???

最終日は「ゴッホ美術館」へ。

絵画のことを全く知らない小生でも「ひまわり」にはただならぬ威圧感を感じたのであった。。。



ひとつ持って帰ってみようか


ブリュッセル、オランダ。。まずまずの国であった。





2016年4月16日土曜日

Italia Grecia③

日本では熊本で大きな地震があったようですね。

僕自身、阪神大震災は大阪で、東日本大震災は東京で、経験致しました。

こちらでもニュースでやっており、同僚たちが心配してくれました。

東日本の時は大学から医療救援隊として支援に行きましたが、今回は何もできそうにありません。

日本に帰ったら、熊本の名産品をたくさん買うことにしよう。。


さて、今日はエーゲ海クルーズの3回目、、、ここで少し部屋の紹介をしておこう。

奴隷部屋の方はかなり狭く、ベッド以外何もない。当然、窓もない。。コンセントも一つしかなかった。



この空間で数日間過ごすのは、家族ならまだ大丈夫であるが、友達同士ではかなりキツいように思われる。

一方で、貴族部屋は


これはHPの写真、、しかし概ねこのとおりであった




バルコニーにて



しかし、この貴族部屋、、、幸か不幸か最上階に位置するため、ものすごく揺れるのである。

振り子の原理であろうか、、逆に奴隷部屋は船の中心部に位置するため、揺れがかなり少ない。
(よって、最終日は奴隷部屋に移動したのは言うまでもない)

クルーズ船において、部屋の選択は旅の満足度を大きく左右するものである。

貴族部屋は穏やかな日は優雅であるが、悪天候時には極めて悪性度が高くなることを念頭に置く必要がある。



散々な思いをしながら、やっとアテネ・ピレウス港に戻ってきた。

時間は午前7時。。フライトまで少し時間がある。。。当然、アクロポリス遺跡に再戦を挑まなければならない。

電車を乗り継ぎ、アクロポリス駅に着いた。地球の歩き方(iPad)によると、午前9時から開くらしい。

駅前のBarで朝食を摂りつつ、幸いにも店主にスーツケースを預かってもらうことができた。いざ、出陣!

長い長い階段を昇り、入場券売り場へ。しかし、9時を過ぎても一向に開く様子がない。。

おかしいな、、? 近辺の売店で訪ねてみよう。。

KMT: 「切符売り場は何時に開くんや?」

売店のおばちゃん: 「今日は独立記念日やから、アクロポリスも休みやで。」

あまりのショックでさすがのiPadもフリーズしそうになっていた。。。

せめて、遠くから写真だけでもと思ったが、、

おまえも工事中か。。。

もう、どうしようもない。。。


気を取り直して、最終目的地のヴェネチアへ!

VOLOTEA航空という超マイナーなLCCを利用してみた。何の説明もなく、普通に1時間以上遅れていた。


水の都ヴェネチア。


さすがに運河が多い


川の水はかなり汚い

そして、サン・マルコ広場へ

知らない老夫婦がなぜかカメラ目線である。

このサン・マルコ大聖堂の迫力は写真では伝えることができない素晴らしいものであった。


そして、帰国へ。

ヴェネチアからの帰り方であるが、ヴェネチア発のフライトはかなり高めに設定されているようである。

バルセロナまで1人120€ほどであった。これが5人分となると、なかなかの金額になってしまう。

そんな時はボローニャ空港を使うのが良いであろう。

前述のライアンエアーであるが、かなりのフライトを飛ばしている。今回、バルセロナ行きは30€ほどであった。

ヴェネチアのサンタルチア(Santa Lucia)駅から90分8€ほどでボローニャ中央駅に行くことができ、

また中央駅のロータリーから空港バスが出ているため、かなり便利である。

そして、バルセロナに到着。


今回の総括として、、、

① 「ローマの休日」の階段、工事中。

② コロッセオ、営業時間外。

③ アテネ行きの便、7時間待ちかつ8諭吉の追加。

④ クルーズ前に「地球の歩き方」紛失。

⑤ クルーズ、概ね揺れのため気分不快。

⑥ ミコノス島、くもり。

⑦ パトモス島、上陸できず。

⑧ サントリーニ島、上陸できず。

⑨ アテネのアクロポリス観光、休日。


大殺界の名に恥じない、なかなか充実した旅であった。。












2016年4月14日木曜日

Italia Grecia②

楽しみにしていたアクロポリス観光。アクロポリスといえば、パルテノン神殿である。


その昔、キン肉マンにでてきたパルテノン


キン肉マン世代の小生は実に楽しみにしていたのだが、ブエリング航空のせいで叶わぬ夢となった。。


そして、アテネ・ピレウス港に到着。

乗る船はこれ。

なかなかの大きさである
ここでマメ知識。。。

小生たちは5人で乗船したため、必然的に2部屋予約しなければならなかった。

知ってのとおり、クルーズ船は部屋のグレードによって代金が大きく異なるのである。

最安値の部屋は船の中心部に位置する窓がない2段ベッドが2つ置かれた奴隷部屋であり、

最高値はスイートルームで、バルコニーで日差し・潮風を浴びながらビールが飲める最上階の貴族部屋である。

予算を抑えるために貴族部屋と奴隷部屋を一つずつ取ることにした。

日中はみんなでバルコニースイートに滞在し、寝るときだけ奴隷部屋に行けば良いのである。

最上階バルコニースイートは優越感に浸れるその名に恥じない素晴らしい部屋であった。




そして、AM11:00出港!出港してからほどなく、また大殺界が炸裂するのである。

なんと「地球の歩き方 ギリシアとエーゲ海の島々」を港に置き忘れてきたのであった。

行く先々の島での情報が全く得られなくなってしまった。どうしよう。。。

幸いにも仲良くなった日本人新婚カップルさんに借りることができ、iPadで写真を撮りまくった。

そんなこんなで、最初の島「ミコノス島」に到着。

いまひとつである

晴れていれば、海の青と建物の白のコントラストが映えるのであるが、当然天気は「くもり」である。


ここもいまひとつ
ミコノス島の風車
そして、船に戻る。。


翌朝、トルコのクシャダシに着港

バルコニーからみた港

この街では観光にクルマが必要であったためガイドを雇った。

エフェソス遺跡



中心街

トルコアイスが食べたくて、探してみたが見当たらず。。

店のヒトに聞くと、3月は寒いから開いてないとのこと。なんてこった。。。


そして、丘の上から、、


クシャダシの街並

写真を撮ろうとしたら、何故かガイドのおばさんが真ん中に入ってものすごい笑顔を放ってきました。

いやいや、おまえが写真撮れって。。。   その後、土産物屋に連れていかれる。


革製品の店
ここで義妹が気に入ったカバンに遭遇し、値切るのを手伝ってほしいとの要請があったため、出陣してみた。

まず、日本円にして30000円から20000円まで下げてやった。。

店員は「Last price! last price!」と必死に連呼していたが、残念ながら相手はこの私である。。

最終18000円まで押しきり、レジへ向かった。

レジに向かう途中、店員が「やっぱり、19000円はだめ?」と困り果てて訴えてきたため、

大阪人の客には特に気をつけるよう注意を促し、やっぱり18000円で決済してトルコを後にした。。

最後に店員がボソッと「あのアメリカ人は27000円で買ってくれたんだよ。。。」と言っていたのが印象的であった。



次の目的地はパトモス島。

しかし、あまりの高波のためパトモス島に着岸できず、船はロードス島に向かうのであった。


ロードス島でもガイドを雇った。

ここでもう一つマメ知識。どのクルーズでも同じであるが、行く先々での観光は別料金なのである。

しかも船内で受け付けているオプショナルツアーは極めて法外が価格が記されている。

例えば、ロードス島4時間ツアー 1人68€。。。?? 5人で行ったら大変なことになってしまう。。

大丈夫。このようなツアーに申し込む必要は一切ない。

港に降りるとタクシーのおじさんたちが手ぐすねを引いて待っているからだ。

普通にいくとボラれてしまうので、ここでおっさんたちとの交戦方法を伝授したい。

それは、、、「船から最後に降りる」 である。

最後になると、おっさん達も本日の売り上げがゼロになるかどうかの瀬戸際なので、値切りたい放題なのである。

まず、いい値の半額から始めてみよう。。すると両手を広げ半笑いで「それは無理だ」みたいなことをし始めます。

ここですぐに「No, thank you」と言って立ち去る。あれこれ言わず、スッと立ち去ろう。

するとすぐに「Wait, wait !」といって追いかけてくるので、あとは各自の戦闘能力にお任せしたい。

また追いかけてこなくても、大丈夫だ。別のおっさんがすぐに近寄ってくるし、、

しまいにはおっさんたちが並び始める始末である。こうしてぜひ最安値を確保して頂きたい。


ハナシを戻そう。ロードス島である。

旧市街



アクロポリスの競技場

風が強かったせいかとても寒く、ロードス島は満喫できなかった。。

夕方、クレタ島に向けて出発。

翌朝、クレタ島ヘラクリオンに到着した。ここもガイドを雇った方がよい。

さっそくミノタウロス伝説のクノッソス宮殿へ。

確かに極めて複雑な構造をしていた

ヘラクリオンの街並み

ガイドのおじさんは親切にも旧市街を案内してくれました。

すると、なんと、その間にタクシーが駐禁をきられているではありませんか。

小生に値切り倒された上に、駐禁。。。おじさんも大殺界だったのかしら?

泣きそうになっていたので、チップを20€あげることにしました。(それでもまだ、通常より安いのだが、、)

そして、船はメインイベントのサントリーニ島へ!


サントリーニ島。。。強風のため上陸できず。

遠くにサントリーニの街並みがみえる

船長が船内放送で必死に言い訳しているのが妙に腹立たしく、船内で一揆を起こしそうになってしまった。

しかし、最終日の揺れはひどいものであった。机の引き出しが勝手に開いてしまうぐらいの揺れである。

家族は当然船酔いのため吐きまくり、飲水もままならず大変であった。

幼少期から祖父、親父に連れられ船に乗り、1級船舶免許を保持している小生でも、食事量が減ってしまった。

そして、楽しみにしていた「エーゲ海クルーズ」もついに終わりを迎えるのである。


続く。





2016年3月31日木曜日

Italia Grecia①

最近はあまりの忙しさ、寒さに気力を削がれ、家と病院の往復をする毎日であった。

先週はSemana Santa。スペインのゴールデンウィークのようなカンジかしら。

子どもたちの学校は休み、同僚たちも休みを取るヒトが多かったので、小生も1週間の休みを取りました。

いや、、、この休みを取るために、1か月がんばっていたのかもしれない。。

となると、、、当然、旅行に行かなければなりません。

ちなみに家内は臨月間近。。。なのであまり歩かない旅にする必要がございました。

そういうわけで、前々から狙っていた「エーゲ海クルーズ」に行ってみました。

エーゲ海クルーズ、、、響きからしてエレガントなイメージを持たざるを得ない。

今回は大殺界中に「エーゲ海クルーズ」に出かけると、どんなことになってしまうのかを詳細に報告したい。


3/18(金)夜、まずローマに向けて出発。航空会社は世界最強(恐)のLCCと謳われているライアンエアーである。

当然ネット予約をしないといけないのだが、ホームページ上では普通に20€台で航空券が販売されております。

航空券代は確かに安い。。。しかし、その他の費用が異常に高いのである。

例えば、受託荷物。スーツケース1個が45€。。。なんで飛行機代より高いねん。

また決済画面に行きつくまでに、広いシートにするか?食事クーポンは?レンタカーは?ホテルは?など

実に多くの勧誘がなされる。これらを全て拒否してやっと決済画面に到達できるのである。

また空港に行く前にチケットを印刷しておかなければならない。これを怠ると、カウンターで45€を払わされる。

そして、空港に着くと必ず「VISA check」といって、カウンターでチケットにハンコを押してもらわないといけない。

これを怠ると、搭乗口でハネられてしまうのである。

ライアンエアーの搭乗口は極めて遠いため、もはやチェックインカウンターに戻ることはできない。

これらを全てクリアーした者だけが安価で目的地に辿り着けるのである。

ライアンエアーを利用する予定があるヒトはぜひ注意されたい。

小生は大殺界中であったが、無事にクリアし、ローマに到着できた。


さて、ローマ観光。

まずスペイン広場。

「ローマの休日」で有名な階段

もれなく工事中であった。。。

次に、、、


トレビの泉

「泉を背にしてコインを投げ入れると再びローマに戻ってこれる」とのことであるが、1回で十分である。

そして、、


コロッセオ

16時ごろに行ったのだが、すでに閉まっており中に入れず。。。

ローマ観光は散々であった。。


翌日、ローマからアテネに移動。

オンラインチェックインを済ませ、ローマ空港に到着した。航空会社はスペインのLCCブエリング航空である。

ブエリング航空のカウンターで、、、


KMT:「アテネ行きの便で荷物を預けたいんやけど、、」

係員:「今日はアテネ行きはないです。」

KMT:「いやいや、チケットあるっちゅーの。」

係員:「これ、明日のチケットです。」

KMT:「????、、??」


チケットを確認すると、確かに「3/21」と印字されている、、、??

予約メールを見ると「3/20」になっている。。??なんで??


HNKM:「予約メールは3/20になってるやんけ。なんでチェックインしたら3/21のチケットになんねん?」

係員:「フライト変更したんですよ。メール送ったでしょ?」


と、嘲笑うかのようにほざきやがりました。

この係員のムカつく態度はとりあえず置いといて、、、まず、落ち着こう。。。

明日の便やったら、船の出発時刻に間に合わん。。船に乗り遅れたら、、、想像しただけでも恐ろしい。。

絶対今日中にアテネ入りせんとあかんな。。


KMT:「よし、じゃあ今日の便に替えろ。」

係員:「今日の便はないです。」

KMT:「ほな別の会社の便を探すから、このチケットキャンセルしろ。」

係員:「ネットじゃないとできません。」

と、さらに調子に乗った顔で宣い続けやがります。こいつを処刑するのは後回しにして、、


まず、アテネ行きの便を押さえんといかん。。

ネットで探したところ、夜出発のエーゲ航空の便が見つかりました。


早速、エーゲ航空のカウンターへ、、、


KMT:「夜のアテネ行きの便は4席空いてる?」

係員:「大丈夫です。」

KMT:「よし、それ手配して。」

係員:「はい、4人で654€になります。」

KMT:「・・・・・・」


仕方なく、チケット確保。。加えて、空港で7時間待ち。。。


それにしても、「フライト変更メール送った」って、、どういうことやねん??メールを確認すると、、


日付変更を小さく書くという悪意に満ちたメール

このメール、確かに見た覚えがある。。しかし時刻だけと思ってたら、シレっと日付まで変えてやがりました。

結局オンラインチェックイン後であったため、ネットでもキャンセルできず、

(空港テロ対策のマシンガンを持った兵隊がいたため、ムカつく係員を血祭りにあげられず、、、)


やっとの思いでアテネに到着。。。

予定していたアクロポリス観光はできなかった。。


続く